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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)5861号 判決 1983年2月21日

原告 金子雅宥

右訴訟代理人弁護士 露木章也

被告 国

右代表者法務大臣 秦野章

右指定代理人 布村重成

<ほか二名>

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金六八三万〇六九九円及び内金五五六万八九〇〇円に対する昭和五五年一二月二六日から完済に至るまで年一〇・二パーセントの割合による金員と、内金一二六万一七九九円に対する昭和五六年六月三日から完済に至るまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

主文同旨並びに仮に原告の全部若しくは一部勝訴により仮執行宣言を付する場合は担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、昭和三九年八月頃、別紙第一物件目録記載の土地(以下、「本件土地」という。)を、登記簿上は別紙第二物件目録(一)ないし(三)記載の土地(以下、各土地の地番により「八七番の九の土地」、「八七番の一一の土地」等という。)として訴外佐々木康雄から買い受け(以下、「本件売買契約」という。)、八七番の九、同一一の土地については昭和四一年八月一二日千葉地方法務局船橋支局受付第二四二〇一号をもって昭和四一年七月七日付売買を原因とする所有権移転登記を、八七番の一三の土地については昭和四六年一〇月二九日同支局受付第四四九二一号をもって昭和四六年一〇月二八日付売買を原因とする所有権移転登記をそれぞれ経由した。

2  原告は、本件売買契約締結に際し、千葉地方法務局船橋支局(以下、「船橋登記所」という。)備付の八七番の九、一一及び一三の各土地の登記簿謄本の交付を受け又本件土地附近の一般に公図といわれる土地台帳附属地図を閲覧して、登記簿上の右各土地の存在とその位置関係を確認した上、現地に赴き、本件土地と対照して、本件土地が登記簿上の右各土地に間違いないと信じて、同契約を締結したものである。

3  ところが本件土地は、実は訴外鎌田正見(以下、「鎌田」という。)所有の千葉県船橋市三咲町八七番の二山林三二六一平方メートル(但し、昭和五五年一〇月六日に分筆される前の面積、以下「八七番の二の土地」という。)の一部であり、この点については鎌田を控訴人、山崎徳太郎ほか二名を被控訴人とする千葉地方裁判所昭和四二年(レ)第三八号土地所有権確認請求控訴事件において、昭和四七年九月二五日、別紙図面(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(リ)(ハ)の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地は鎌田所有の八七番の二の土地であり、本件土地は鎌田の所有であることを確認する旨の判決がなされており、その上告も棄却され(東京高等裁判所昭和四七年(ツ)第九七号)、確定している(以下、「確定判決」という。)。

すなわち、本件土地につき二重登記が生じており、公図の地番の表示にも過誤が存した訳である。

4(一)  登記簿及び公図に前記過誤が生じた経緯

(1) 千葉県船橋市三咲町八七番原野五反歩は、別紙図面の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(リ)(イ)の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地であった。

(2) 右土地は、明治三三年一二月一五日に、八七番の一、畑二反九畝九歩(同図の(イ)(ロ)(ハ)(リ)(イ)の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地)と八七番の二、山林三反七畝一九歩(同図の(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(リ)(ハ)の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地)に分割され、大正四年六月二六日分筆登記された。

(3) しかし、船橋登記所備付の公図上に右二筆の土地の分割線は記入されず、八七番と記入されたままになっていたところ、その後公図上に八七番の一及びこれより分筆された土地の分割線のみがその分筆登記の都度記入されるに至って、八七番の二は公図上不存在の状態となり、右二筆の土地の分割線(別紙図面の(ハ)と(リ)点を結ぶ点線)は昭和五五年九月頃に至り初めて記入された。

(4) なお右八七番の一の土地は、昭和二六年一〇月四日同番の一と三に、同番の三の土地は昭和三六年五月一三日同番の三と四に、同番の四の土地は昭和三九年七月三〇日同番の四と七ないし一〇に、同番の七の土地は同年九月七日同番の七と一一に、同番四の土地は昭和四〇年二月二二日同番の四と一二に、同番の一二の土地は昭和四六年八月一九日同番の一二と一三に順次分筆され、公図上に別紙図面のとおり表示されていた。

(二) 登記官の過失

(1) 船橋登記所の担当登記官は、昭和二六年七月二六日に八七番の一と八七番の三の分筆登録の申告を受理しその登録をなすについて次の点に過失があった。

すなわち、千葉県農地委員会は登記所備付の登記簿および公図を基礎に右分筆登録の申告をなしたのであるが、当時登記簿上八七番の一と八七番の二の土地は存在するけれども、公図上は八七番の土地のみ存在するという登記簿の記載と公図が混乱している状態であり、登記官は右申告書添付の図面と公図が一致しないことを容易に知ることができたのであるから、右申告を却下するとともに、八七番の土地の登記簿と公図の不一致について十分調査を行い、その不一致を是正すべき義務があったにもかかわらず、漫然とこれを受理してそのまま分筆登録した。

(2) 更に同所担当登記官は、昭和二六年一〇月四日、千葉県知事から八七番の一の土地を同番の一と三とに分筆する登記嘱託を受けた際、公図に過誤のあることを看過して本件土地につき重複登記を生じさせた過失がある。

(3) 又同所担当登記官は、昭和三六年五月一三日及び同三九年七月三〇日の前記各分筆登記申請の受理に際しても、登記簿及び公図の過誤を発見しこれを是正すべきであるのにそのまま放置して、申請にかかる分筆登記をなし、且つ公図上に新らたにその分割線の記入をなした過失がある。

(4) 更に同所担当登記官は、八七番の二の分割線をその分筆登録後も長年同公図上に記入せず、重複の登記簿及び過誤のある公図を登記所に備え付け、本件売買契約締結の際、原告から登記簿謄本の交付及び公図の閲覧申請を受けた際これを交付あるいは閲覧させた過失がある。

5  原告は八七番の九、一一、一三の各土地の登記簿の存在と公図の前記過誤により、本件土地が登記簿上どおり存在し前記売主の所有と信じて本件売買契約を締結した結果、次のような損害を被った。

(一) 原告は鎌田から昭和四九年一〇月一一日、原告が本件土地上に建築した別紙第二物件目録(四)記載の建物(以下、「本件建物」という)の収去と本件土地の明渡を求める訴訟を千葉地方裁判所に提起され、これに応訴するとともに、被告に対して度々訴訟告知をなしその補助参加を求めたが、被告からは何の応答もなく、確定判決も存したので、原告は、昭和五五年五月一日鎌田と次のような内容の裁判上の和解をした。

(1) 原告は、本件土地が鎌田の所有に属することを確認する。

(2) 原告は、鎌田から本件土地のうち別紙図面(ト)(チ)(ヌ)(ル)(オ)(ワ)(ト)の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地一五二・〇六平方メートル(公図上八七番の九、同一一と表示の土地、以下、「本件宅地」という。)を金五五六万八九〇〇円で買受ける。

(3) 原告は、鎌田に対し、本件土地のうち別紙図面(ヘ)(ト)(ワ)(カ)(ヘ)の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地一三平方メートル(公図上八七番の一三と表示の土地、以下「本件私道」という。)を引渡す。

原告は、右和解に基づき、昭和五五年一二月二六日鎌田に対し右土地代金五五六万八九〇〇円を支払い、本件私道を引渡した。

結局原告は、右土地代金五五六万八九〇〇円相当額と、本件私道の所有権を失ったことによる当該土地の時価四七万六〇九九円相当の損害を被った。

(二) 又原告は、本件土地を確保するため、次のとおり出費を要し、同額の損害を被った。

(1) 和解に基く前記土地代金借入のため本件宅地上に抵当権を設定した際の登記費用         金八万五七〇〇円

(2) 鎌田が提訴した前記建物収去土地明渡請求訴訟に応訴し、前記和解に至るまでの弁護士費用   着手金 金二〇万円

報酬 金五〇万円

(3) 江戸川信用金庫から借り入れた前記土地代金についての年一〇・二パーセントの割合の約定利息

6  よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条に基づく賠償請求として損害金六八三万〇六九九円及び内金五五六万八九〇〇円に対する昭和五五年一二月二六日から完済に至るまで年一〇・二パーセントの割合による金員と内金一二六万一七九九円に対する本訴状送達の日の翌日である昭和五六年六月三日から完済に至るまで民法所定の年五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

(認否)

1 請求原因1の事実のうち、原告主張の所有権移転登記がなされていることは認めるが、その余は不知。

2 同2の事実のうち、八七番の九、一一、一三の各土地の登記が存すること、公図上原告主張のとおり地番が表示されており、本件土地は公図上、八七番の九、一一、一三となっていたことは認めるがその余は不知。

3 同3の事実のうち、原告主張の内容の確定判決の存することは認めるが、その余は否認する。

4 同4の事実について

(一) (一)の(1)の事実は認める。同(2)の事実のうち、分割された土地の範囲は争うが、その余は認める。同(3)、(4)の事実は認める。

(二) (二)の(1)の事実のうち、船橋登記所の担当登記官が原告主張の日に千葉県農地委員会からその主張の分筆登録の申告を受けたこと、その当時登記簿上八七番の一と八七番の二の土地が存したが、公図上はその分割線の記入がなく八七番の土地のみ存するように表示されていたこと、右登記官は申告のとおり分筆登録したことは認めるが、その余は争う。同(2)の事実のうち、同担当登記官が原告主張の日に千葉県知事からその主張の分筆登記の嘱託を受け、その嘱託どおり分筆登記をしたことは認めるが、その余は争う。同(3)の事実のうち、同担当登記官が原告主張の日に分筆登記申請を受け、その分筆登記をなし、公図上にその分割線を記入したことは認めるが、その余は争う。同(4)の事実のうち、登記簿及び公図に過誤のあることは争うが、その余は認める。

5 同5の事実について

(一) (一)の各事実のうち、損害額は争うが、原告主張の原告らと鎌田間の訴訟につき、昭和五〇年九月一七日被告に対し訴訟告知があったこと、被告が同訴訟に補助参加しなかったこと、及び同訴訟において原告と鎌田との間で原告主張の内容の裁判上の和解が成立したことは認めるが、その余は不知。

(二) (二)の事実のうち損害の発生は争うが、その余は不知。

(被告の主張)

1 登記官の過失について

(一) 原告主張のとおり千葉県農地委員会は、昭和二六年七月二六日、公図である土地台帳附属地図上八七番と表示されていた土地を八七番の一の土地であるとして、この土地を八七番の一と三とに分筆する旨の分筆登録の申告をなしてきたものであるが、その申告書が地積測量図を添付した適式なものである以上、担当登記官は、自創法四四条の二の規定に基づく省令八条により土地台帳法一〇条の調査権限の規定が排除されているから、その申告書のとおりに分筆登録をすれば足り、八七番の土地が八七番の一の土地であるか否か、あるいは、八七番の土地に八七番の二の土地が含まれていないか等と詮索してこの点に係る調査をする義務はない。

したがって、登記官が千葉県農地委員会の申告のとおりに分筆登録をしたことにつき、登記官には何らの過失はない。

(二) 又担当登記官が、昭和二六年一〇月四日になした八七番の土地を八七番の一の土地とし、これを八七番の一と三に分筆した分筆登記は、土地台帳上この分筆に係る登録がなされたことに伴って千葉県知事の分筆登記の嘱託によりなしたものであるが、当時施行されていた土地台帳法のもとでは、分筆とは、土地台帳上一筆の土地を二筆以上の土地に変更して土地台帳に登録(登録修正)することをいい(同法二五条)、土地台帳の登録に関するこの行政処分により分筆の効果が生ずるものとされ、土地登記簿への分筆登記によって分筆の効果が生ずるものとはされていなかったから、分筆登記は、土地台帳に分筆に係る登録がなされたことにより既に確定した分筆の効果を土地台帳の記載と対応させるためになされるものにすぎなかった。

したがって、登記官には、不動産登記法七九条により土地の分筆に係る申請があった場合、当該申請に係る土地台帳の分筆登録の適否についてまで実質的に審査しなければならない義務はなく、右申請事項が土地台帳の登録と符合しているか否かを審査すれば足りたのであるから、土地台帳と符合してなされた前記分筆登記については、登記官に何らの過失はない。

(三) 次に原告は、登記官が、昭和三六年五月一三日並びに同三九年七月三〇日に、各々なされた分筆登記申請の受理の際にも、適切な処置を怠った過失がある旨主張する。

もとより、登記官は、土地の分筆に係る登記申請がなされた場合、不動産登記法五〇条により「必要があるときは」調査することができ、この調査結果と当該申請に係る分筆事項とが符合しないときには右申請を却下しなければならない(同法四九条一〇号)。ところで、土地台帳附属地図は、昭和三五年法律第一四号をもって不動産登記法の一部を改正する法律により土地台帳法が廃止されたことによって法令上の根拠を失うに至ったものであり、又必ずしも精度の高い測量技術あるいは正確な調査に基づいて作製されたものではないことから、距離・面積等の数値的な面についてはもとより客観的な土地の所在・位置関係、形状等の面についても符合しないことがあるのではあるが、各土地の位置、形状、境界等の物理的外延の概略を認識するための資料として、土地台帳法が廃止された以降においても登記所にこれが備え付けられてきたものである。しかるに、八七番の三の土地を八七番の三と四に、又、この分筆された八七番の四の土地を八七番の四と同番の八ないし一〇の土地とに各々分筆登記するに際しては、登記官は当該分筆申請に係る土地が土地台帳附属地図に表示されて存在しているか否かを調査確認すれば足りるものというべきところ、前者の分筆登記申請時においては、八七番の三の土地が八七番の一の土地から分筆され土地登記簿上八七番の三の土地として生じていて、この土地は土地台帳附属地図にも「八七番の三」と表示されて存在していたのであり、また、後者の分筆登記申請時においては、八七番の四の土地が八七番の三の土地から分筆され土地登記簿上八七番の四の土地として生じていて、この土地も土地台帳附属地図に「八七番の四」と表示されて存在していたのである。したがって、それ以上に土地台帳附属地図に「八七番の三」の土地が記載されるまでの経緯や、それまでの分割線、地番が土地台帳附属地図に記入・記載されているか否かまで調査しなければならないものではなく、特段、右事実を調査することを要する疑義が右申請にあったこともないのであるから、右申請を却下しなかったことをもって登記官に過失があったものということはできない。

(四) 次に原告は、八七番の土地が八七番の一と二に分筆されたにもかかわらず、登記官はこの分割線を公図上に記入することなく長年月の間放置していた過失がある旨主張する。

しかしながら、不動産登記簿は、現行の不動産登記法が明治三二年に制定されて以来一貫して登記所において所管されてきたが、昭和三五年法律第一四号により同法の一部が改正されて、いわゆる土地登記簿と土地台帳との一元化が図られるまで、権利の客体である土地についての客観的・物理的な現況を明確には握するための制度であった土地台帳の登録事務は、それが昭和二五年法律第二二七号をもって土地台帳法の一部が改正され当該土地につき登記の事務を掌る登記所(同法一条二項)に移管されるまでの間、登記所においてこれを所管してきたことはない。そして、右改正後の土地台帳法施行細則二条一項が「登記所には、土地台帳の外に、地図を備える。」と規定したことに基づき土地台帳附属地図が登記所に備え付けられ、土地台帳と相まって土地の客観的状況を明らかにするに至ったものであり、登記官において、右改正法が施行された昭和二五年七月三一日前に土地台帳附属地図上に八七番の土地が八七番の一と二の土地とに分筆されたことに係る分割線を記入し得る余地は全くなかったのであるから、この点の原告の主張は失当である。

土地台帳の登録事務が登記所の所掌事務となった日以降においても、登記官には、土地台帳に登録された土地の区画及び地番が土地台帳附属地図上に明らかになっているか否かを常時積極的に精査する義務はないから、これがあることを前提とする原告の主張はその前提において理由がない(そもそも、八七番の土地が八七番の一と二の土地とに分筆されたのは明治時代のことであるから、昭和二五年以降になってこの分割線をどこに記入すべきかを調査、は握することはおよそ不可能なことであるといわなければならない。)。

2 損害について

(一) 原告は、確定判決があったために和解により本件宅地を鎌田から買受けざるを得なかったと主張するが、その訴訟は、鎌田を原告、訴外加納米吉、同山崎徳太郎及び同市川己伐吉を被告とするものであるから、原告は右確定判決の既判力を受けるものではない。

のみならず、右確定判決の本件土地が鎌田所有の八七番の二の土地の一部分であるとする認定は、その挙示する証拠によっても無理であり、原告は、鎌田から本件宅地を買い受ける必要性は全くなかったといわなければならない。結局原告は、買い受ける必要性の全くないものをその危険において任意に取得したに過ぎないから、その取得金額をもって登記官の不法行為による損害であるということはできない。

(二) 仮に、本件土地が確定判決のとおり、八七番の二の土地の一部分であるとしても、原告は、次のとおり同土地を時効取得していたということができるから、この点からしても、鎌田から本件宅地を改めて買受ける必要性は全くなかったのである。すなわち、登記簿の記載によると、もと八七番の三の土地を昭和二二年七月二日山崎市太郎が自創法により売渡しを受け、昭和三三年二月六日山崎徳太郎がこれを相続した後、昭和三六年五月三〇日訴外佐々木康夫が同月一三日に分筆された後の八七番の四の土地を買受け、同人において、これを八七番の一二まで分筆し、右分筆後の八七番の九及び一一の土地を昭和四一年七月七日原告に売却したものであり、また、八七番の一三の土地についても、右佐々木が昭和四〇年二月二二日右のとおり八七番の四から同番の一二の土地を分筆した後、同番の一二の土地を昭和四四年五月六日訴外石田邦生に売却し、昭和四六年八月一九日、同人において、右土地から同番の一三を分筆させて、その八七番の一三の土地を昭和四六年一〇月二八日原告に売却したものである。そして、原告は、昭和四二年二月頃本件宅地の一部である公図上八七番の九の土地と表示されていた別紙図面の(ト)(チ)(ヌ)(ワ)(ト)の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地上に建物を建築して、そこに入居し、爾来公図上八七番の一一と表示されていた同図面(ヌ)(ル)(オ)(ワ)(ヌ)の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地を含む本件宅地を占有してきたのであるから、原告は、右土地に係る前記山崎及び佐々木の各占有を承継し、もって、昭和四三年二月六日同土地を時効取得していたのであり、又本件私道についても、原告が買受ける前に既に佐々木において、右同日八七番の一三の土地が分筆される前の八七番の一二の土地につき時効取得していたのである。したがって、原告は、本件土地の所有権を時効取得し、あるいは時効取得者から買い受けたものであるから、鎌田からそれを改めて買い受ける必要性は全くなかったのである。

したがって、原告の鎌田に対する支払金額をもって、登記官の不法行為と相当因果関係にある損害ということはできない。

(三) 仮に確定判決の認定のとおり、もと八七番の三の土地あるいはこれから分筆された八七番の九、一一及び一三の各土地が、鎌田所有の八七番の二の土地の一部分であるとすると、原告は、そもそも当初から本件土地の所有権を取得していなかったことになり、原告がその主張の鎌田から取得した土地の所有権価額相当の損害を被る理由はどこにもないから、原告が鎌田に支払った売買代金五五六万八九〇〇円をもって登記官の不法行為による損害であるとする原告の主張は失当である。原告が被った損害があるとすれば、本件土地を転得者佐々木から取得するに際し支払った金五〇万円及びこれに対する年五分の利息に過ぎない。

そもそも原告が鎌田から改めて取得した本件宅地の売買代金額が金五五六万八九〇〇円になったのは、原告が同土地を転得者から取得して宅地造成等の資本投下をした結果に基づくものであるから、原告としては、同土地を鎌田から購入するとしても、これを控除して取得するべきであったのであり、この点でも右代金をもって原告の被った損害であるということはできない。右取得に要した諸費用八万五七〇〇円及び借入金利子についても右取得に伴うことによって生じたものである以上、これらも登記官の前記不法行為による損害であるということはできない。

(四) 又本件私道についても、原告が鎌田にこれを返還する必要がなかったことは前記のとおりであるが、損害額の点でも、仮に、確定判決における認定を是認するならば、原告は当初から右土地の所有権を取得していなかったことになるのであるから、同土地の所有権を失う余地はなく、同土地の所有権価額でもって損害額を算定することはおよそできないはずである。しかして、原告が昭和四六年一〇月二八日前記石田から同土地を取得するに際し支払った金額の立証のない本件においては、損害額を認定することはできないので、結局において原告の主張には理由がない。

三  被告の抗弁

仮に、登記官が昭和二六年七月二六日になした分筆登録及び昭和二六年一〇月四日になした分筆登記について過失があり、損害賠償請求権が発生したとしても、既に右分筆登録及び登記から二〇年も経過しているのであるから、国家賠償法四条、民法七二四条後段により右損害賠償請求権は消滅した。

四  抗弁に対する原告の認否

争う。登記官の過失行為は、昭和三九年七月三〇日の前記分筆登記時まで継続しているものであり、未だ時効消滅していない。

第三証拠《省略》

理由

一  登記簿上八七番の九、一一及び一三の各土地が存在し、右各土地につき原告主張の所有権移転登記が経由されていること、もと八七番の土地の範囲及び八七番の土地から八七番の九、一一及び一三の各土地が分筆されるまでの経緯は請求原因4の(一)の(1)(2)(4)記載のとおりであること、船橋登記所備え付けの公図上に、八七番の一と同番の三ないし一三の土地が別紙図面のとおり表示されていたが、八七番の二の土地は、昭和五五年九月頃に至るまで右公図上に表示されていなかったこと、本件土地はそれまで公図上八七番の九、一一、一三の土地として別紙図面のとおり表示されていたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を総合すると、原告は、昭和三九年八月頃、佐々木康雄から登記簿上八七番の九の土地として本件土地のうち別紙図面の(ト)(チ)(ヌ)(ワ)(ト)の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地を代金五〇万円で買受けたこと、原告が右売買において買受けた土地は五〇坪であったところ、右八七番の九の土地の坪数がこれに四坪ほど不足していることが判明したため、佐々木に交渉し、隣接の八七番の七の土地から別紙図面の(ヌ)(ル)(オ)(ワ)(ヌ)の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地を、登記簿上同番の一一の土地として分筆し、右売買の目的に加えて原告がその所有権を取得したこと、本件私道は右売買契約当時は登記簿上八七番の四の土地とされ、附近の土地を同時に買受けた者らとの共有にする話もあったが、その後右八七番の四が同番の四と一二に、同番の一二が同番の一二と一三に分筆され、昭和四六年一〇月頃に原告ら各買主がそれぞれ分割所有することとなって、石田邦夫から原告が八七番の一三の本件私道を買受けたこと、そして八七番の九、一一の土地については登記簿上の所有名義人が山崎徳太郎となっていたため中間省略登記により、八七番の一三の土地については右石田から、先のとおりそれぞれ原告に対する所有権移転登記を経由したこと、以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

三  ところが、鎌田と山崎徳太郎外二名との間の訴訟において、別紙図面の(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(リ)(ハ)の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地は右鎌田所有の八七番の二の土地であり、本件土地は右八七番の二の土地の一部であることを確認する旨の判決がなされ確定していることは当事者間に争いがなく、右事実に、《証拠省略》によって認められる右確定判決で八七番の二の土地と認定された八七番三、四、七ないし一三の土地の登記が昭和五五年九月四日に、八七番の二の登記と重複することを理由に閉鎖された事実を合わせると、確たる反証のない本件においても、本件土地は鎌田所有の八七番の二の土地の一部と推認するほかはなく、そうだとすると、原告は前項認定の佐々木康雄らとの売買によっては、本件土地の所有権を取得することができなかったものといわなければならない。

四  原告は、原告が本件土地を鎌田所有の八七番の二の土地の一部と知らずに、八七番の九、一一及び一三の各土地と信じて前項のとおり売買契約を締結しその代金を支払ったのは、本件土地について、八七番の二と重複して右地番の登記が存在し、又公図上も右地番が表示されていたためであり、右過誤は担当登記官の過失により生じたものであるから被告に損害賠償責任があると主張するので、以下検討する。

1  先ず原告は、船橋登記所登記官が昭和二六年七月二六日千葉県農地委員会から分筆登録の申告を、更に同年一〇月四日千葉県知事から分筆登記の嘱託をそれぞれ受けた際過失があった旨主張するけれども、当裁判所は、仮に登記官に右の点について過失があったとしても、被告は右過失に基く損害賠償責任を負わないものと判断する。

すなわち、被告の抗弁について判断するに、民法七二四条後段所定の「不法行為ノ時ヨリ二〇年」とする期間については、消滅時効か除斥期間かについて争いのあるところであるが、同条前段の三年の消滅時効の起算点が損害及び加害者の認識という被害者側の主観的事情によって浮動的であるのに対し、そのような主観的な事情によることなく画一的に不法行為の始より起算することとして、被害者側の権利行使の可否を考慮することなく期間の進行を認めて法律関係の速かな確定を図ろうとしていること、一般の消滅時効の期間を倍加し二〇年というかなりの長期間が定められており、その上更に中断を認めて期間の伸長を許すことはその趣旨に背反することなどから考えると、右の二〇年は除斥期間であると解するのが相当であり、その起算点の「不法行為ノ時」とは損害発生の原因をなす加害行為がなされた時、すなわち字義どおり加害行為が事実上なされた時と解すべきである。

そこで、これを本件についてみるに、船橋登記所が千葉県農地委員会の分筆登録の申告を受理しその登録をなしたのは昭和二六年七月二六日であり、千葉県知事の分筆登記の嘱託を受理しその登記をなしたのは同年一〇月四日であることは当事者間に争いがなく、本訴が提起されたのは昭和五六年五月二六日であることは本件記録上明らかであるから、右登録ないし登記の時から本訴提起までに既に二〇年以上経過しているのであり、仮に右登録及び登記の際に登記官に過失があり原告主張の損害賠償請求権が発生したとしても、右二〇年の除斥期間が経過したことによって既に消滅したものといわざるを得ない。

原告は、登記官の右登録ないし登記の際における過失行為は昭和三九年七月三〇日に八七番の四の土地を同番の四と同番の七ないし一〇に分筆登記した時まで継続していると主張するけれども、そのように解すべき理由はないから、右主張は採用しない。

そうすると、右過失を前提とする原告の損害賠償請求はその余の点について判断するまでもなく失当たるを免れない。

2  次に原告は、昭和三六年五月一三日に八七番の三を同番の三と四に、昭和三九年七月三〇日に先のとおり八七番の四を同番の四と同番の七ないし一〇にそれぞれ分筆登記した際、その登記申請の受理につき登記官に過失があった旨主張するので判断するに、もとより登記官は、土地について分筆登記申請があった場合「必要あるとき」は調査することができ(不動産登記法五〇条一項)、この調査結果と当該申請に係る登記事項とが符合しないときはその申請を却下すべき義務がある(同法四九条一〇号)。

しかるところ、本件についてこれをみるに、原告主張の分筆登記申請によりその分筆登記がなされたものであるが、昭和三六年五月一三日当時においては八七番の一と三の、昭和三九年七月三〇日当時においては八七番の一と三と四の登記がそれぞれ存在し、公図上にもその表示がなされていたことは先のとおり当事者間に争いがないところであり、そうだとすると、担当登記官が右分筆登記申請受理の際、本件土地が正しくは八七番の二の土地であって、右分筆登記申請に係る登記は実は八七番の二のそれと重複し、公図上も八七番の二の土地が誤って八七番の三、四等を表示されているというようなことを、その通常の職務上の注意義務を尽しても容易に発見し得なかったことは無理からぬことであったというべきであるから、登記官が前記調査の必要を認めずその調査をすることなく右分筆登記申請を受理しその登記をしたとしても、直ちにその点に過失があったということはできない。

しかして、登記官に右過失があることを前提とする原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

3  次に原告は、登記官が八七番の一と二の分筆登録後長年月公図上にその分割線を記入せず、重複登記及び過誤のある公図を登記所に備え付け原告にその登記簿謄本を交付し公図を閲覧させた過失があると主張するので判断する。

先ず、一般に公図といわれる土地台帳附属地図が登記所に備え付けられるようになったのは、昭和二五年法律第二二七号による土地台帳法の一部改正法が施行された昭和二五年七月三一日以後であるから、被告主張のようにそれ以前については公図に係る登記官の過失を問題とする余地はない。

又右以後原告が売買契約締結のため登記簿謄本の交付を受け公図を閲覧した日までの間における分筆登録の申告、分筆登記の嘱託もしくは申請の受理の際の過失ないし損害賠償責任の有無については既に判断したとおりであって付言すべきものはない。

そこで、登記官は、右分筆登録もしくは登記の機会以外でも常時土地台帳に登録された土地の区画や地番が公図上に正確に表示されているか否か、あるいは登記が重複していないか否かを調査し誤りがある場合にはそれを是正すべき義務があるか否かについて検討するに、前記不動産登記法五〇条一項によると、登記官の調査権限は申請もしくは職権により土地建物の表示の登記をするために必要あるときに限られているから、常時積極的に右の点について調査する権限はないというべきであり、したがってその調査の義務もないというほかはない。

そして本件のように所有名義人を異にする重複登記が生じた場合には、登記上の経過からみて明白な場合以外は職権により直ちに抹消することはできないと解されていることを考えると、仮に登記官が重複登記であることを知りもしくは知り得べきであったにもかかわらずこれを放置したものであるとしてもそれをもって直ちに過失があるということもできない。

のみならず、前記認定判断によれば、右登記及び公図の誤りは、分筆登記申請の受理の場合でさえ登記官の通常の職務上の注意義務を尽しても容易に発見し得ないものであったから、登記官がそのような誤った登記及び公図を登記所に備え付け、原告の申請に応じてその登記簿謄本を交付し公図を閲覧させたとしても、その点に過失があったということはできないというべきである。

そうすると、右過失のあることを前提とする原告の損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないといわねばならない。

五  以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判断する。

(裁判官 佐々木寅男)

<以下省略>

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